能ある鷹は爪を隠さない?

 

 

今回は、

 

「能ある鷹は爪を隠さない?」

 

というテーマです。



先日、クライアントの社長さんとお話をしていて、

 

「自分はつい正論を言ってしまい、周りからたしなめられることがある」

 

という話が出ました。



興味深い話だったので、今回取り上げてみます。

 

※今回の話は、多分に私の経験や感想が含まれるので、まあ軽い気持ちでお読みください




「正論」の辞書上での正しい意味はさておき、ここでは

 

「正しいことを言っている」

「筋道が通っている」

 

くらいの意味としておきましょう。



まず、「正論を言う人」は、基本的に優秀です。

物事の筋道を理解しているわけですから、論理的な思考ができます。

 

問題の解決力もあるでしょう。



ただ、そのために周りとは軋轢を生むことがあります。



というのは、

 

その「正論」を周りにも求めがちだからです。

 

「これが正しいんだから、そうすべき」

 

という言動をしがちです。



そうすると、周囲からは

 

「たしかに、あの人の言ってることは正しいんだけどさ」

 

と思われます。



多少なら良いのですが、これが行き過ぎると人がついてこなくなります。




なので、個人的には、

 

「正論は理解しているが、それをあえて出さずに周りとの関係を作れる人」

 

が最強ではないか。

 

「能ある鷹は爪を隠す」と言いますが、

あえて我を抑えて立ち振る舞える人はすごいよね、と。



そう、以前は思っていました。




確かにこのような人は、筋道は理解した上で周りとの関係にも気を配れるわけですから、

非常に優秀でしょう。



ただ、このタイプは周りに気を配れるがゆえに、周りに振り回されて疲弊したり、

優柔不断になりがちでもあります。



なので、今では「もっと上がいる」と思っています。



それは、

 

「筋道を理解し、他人の気持ちも理解した上で、あえて他人の気持ちを無視して行動できる人」

 

です。




経営をしていく上では、経営者は「決断」をしないといけません。



その中で、自分と関わるあらゆる人の望みを叶えることはできません。

 

どうしても切り捨てざるを得ない人々も出てくるかもしれません。



そんな状況で、

 

「自分は嫌われても良いから、全体のことを考えて決断する」

 

ということができる人が最強なんだと思います。



いかがでしょうか。

 

冒頭でもお伝えしましたが、私の主観がかなり混じっているので、まあそんなもんか、程度でも結構です。



今回紹介した考え方ですが、一応参考となる書籍もあるのでご紹介しておきます。



「周りとの関係性を構築する」は、カーネギーの「人を動かす」



「あえて他人の気持ちを無視して行動できる」は、アドラーの「嫌われる勇気」



どちらも世界的なベストセラーですが、内容は相反しています(笑)



もし気になったら、読んでみてください。